(1) 日本・南仏関係史

日本人初のフランス上陸から 戦後の在マルセイユ総領事館再開まで

 

1615年:伊達政宗の家臣、支倉常長率いる慶長遣欧使節が、ローマへ向かう航路途上、サントロペに寄港。(公式記録上、日本人初の仏上陸と言われている)

1858年:日仏修好通商条約締結

1862年:第1回遣欧使節(文久遣欧使節:竹内下野守を正使とし、福沢諭吉等が参加)がマルセイユ、リヨン、パリを訪問。

1864年:第2回遣欧使節派遣。随員の横山信道(外国奉行支配定役)はマルセイユにて死去。マルセイユ市内のサン・ピエール墓地に埋葬される。

1865年:仏帝国郵船会社、日仏間に定期航路を開通

1871年:明治政府(兵部省)派遣留学生の前田壮馬、マルセイユにて死去。マルセイユ市内のサン・ピエール墓地に埋葬される。

1872年:鮫島尚信が、初代の特命全権公使に任命

1874年:在マルセイユ日本領事館開設(初代領事 中松博愛)

1883年:2月6日、在マルセイユ日本領事館閉鎖

1888年:幕末から明治初期にかけて長崎および京都、東京で仏語教師として日仏関係強化に尽力した医師 Leon Dury が名誉領事として任命される。

1919年:7月28日、在マルセイユ日本領事館再開(領事代理 隈部軍蔵)

1944年:8月18日、国際情勢の変化に伴い在マルセイユ領事館閉館。

1952年:在仏日本大使館が再開。同年、パリ・東京間の空路が開通(乗り継ぎ5回、41時間)

1957年:貿易会社「K.KASADO」創業者の笠戸喜八、マルセイユで死去。マルセイユ市内のサン・ピエール墓地に埋葬される。

1961年:神戸市とマルセイユ市が姉妹都市提携。

1976年:閉鎖していた在マルセイユ領事館が「総領事館」として再開 (総領事代理 北番恵一)

 

【この年表は 当館の責任において編集・作成したものです】